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30代。独身。眼鏡。超短髪。あごひげ少々。映画館に通うのが趣味。コメントやトラックバックはお気軽に。

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Kinetic Vision
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フラガール
紀美子(蒼井優)は母(富司純子)に逆らい、縁側で正座させられる。早苗(徳永えり)は会社を解雇された父(高橋克実)にボコボコに殴られ顔中あざだらけになり、押し入れの中に閉じこもる。小百合(山崎静代・しずちゃん)は大きな体を恥じるように背中を丸めている。彼女たちの肉体は狭い世界に押し込められ、身動きが取れない。フラガールは、そんな彼女たちの肉体がダンスの特訓を通して解放され、内に秘められたエネルギーを爆発させるまでの過程を描いた映画だ。「69」と同じように、李相日監督は、狭い場所から抜け出そうともがき、そこを突破しようとする若い人たちの身体を写している。

一昔前なら、彼女たちは何の疑問も持たずに、あるいは疑問を持ったとしても否応なしに、親と同じ仕事をしていただろう。しかし、石炭の時代は終わりつつあり、親たちは居場所を失いつつある。親たちは混乱して時代にまだ順応できないが、娘たちは新しい居場所を見つけようとしている。この小さな町には、新しい居場所を作りそこに出て行こうとする力と、古い世界に引き戻そうとする力のせめぎ合いがある。

引き戻す力の強さに、夢をあきらめざるを得ない女性もいる。父子家庭で幼い弟妹の面倒を見ている早苗は、練習中に誰よりも優れた能力と情熱を見せながらも、夢を友人に託すしかない。生徒たちにとって自由で都会的な女性の象徴である平山まどか(松雪泰子)は、実は母の借金を払うためにここに流れてきたのであり、大舞台に立つという夢を奪われている。フラガールとして集まった女性たちの中には、家計を助けるために参加しているものもいる。もう母親の世代のように選炭婦として働く道もほとんど残っていない。保守的な人々は、彼女たちに新しい仕事、新しい職場をみつけてやることができない。親の世代から非難されながら、実際には町を救う救世主になるという、矛盾した立場に彼女たちは立たされている。だからこそ、彼女たちの絆の強さ(プラットフォームのシーン)やエネルギーを爆発させる最後の場面は感動的だ。

紀美子役の蒼井優と平山まどか役の松雪泰子は、成長の過程をしっかりと演技で見せてくれる。自暴自棄で他人に無関心だった平山まどかは、最後には頼りがいがあり生徒に慕われる女教師の顔になっている。ふてくされていじけていた10代の女の子だった紀美子は、終盤、背筋がぞくぞくするようなダンスシーンで、妖艶な女性の顔になっている。この二人を見守る紀美子の兄洋二朗役の豊川悦司、吉本部長役の岸部一徳も、いい味を出している。

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太陽 The Sun
天皇ヒロヒト(イッセー尾形)の身体は神格で縛られている。食事や着替えといった日常生活にも侍従たち(佐野史郎、つじしんめい)がつきそい、彼の体は儀式的な作法によって自由を奪われている。侍従によって着せられる軍服は彼の体を拘束しているように見える。彼の口は神格の重みによってゆがみ、多くの言葉は声になる前に口元で消えてしまう。そして、まるで深海の中にいるような、外の音がはっきり聞こえない暗く狭い部屋。日本で一番安全な場所にいる男は、家族からも離れ、周りの人間と人間同士としてつきあうことも禁じられたまま、孤独な生活を送っている。

皮肉なことに、敗戦後米軍がやってきてから、彼の身体は自由を獲得していく。米軍の写真撮影に応じる彼の楽しそうな表情。空の下でカメラマンにおどけたポーズまでしてみせる彼の体は重苦しい儀式的な生活から解放されて伸びやかだ。また、英語を話し始めてから、彼の言葉は前より幾分軽やかになる。マッカーサー(ロバート・ドーソン)との会食の場面で、部屋に一人残された彼はダンスを踊るようなしぐさをする。ソクーロフは政治的な主題を、一人の男の身体が解放される過程として描いている。

米軍カメラマンから「チャーリー(チャップリンのこと)」と呼びかけられる彼は、独特の穏やかなユーモアの精神を持っている。通路で迷ったり、階段でつまずいたり、彼は時々喜劇的なしぐさをするのだが、それが堅く儀式的な動きをしている侍従たちと対比されていて面白い。後半になると抑圧から解放されユーモアを発揮する場面が多くなる。チョコレートが届いたときの、侍従たちの態度をからかうような場面のおかしさ。マッカーサーの彼に対する態度が変わっていくのは、彼の持つ独特の雰囲気に魅せられていくからだ。

彼は一体何者なんだろうか。研究者としてカニを眺めながら語っている彼は、突然話題を科学から戦争の原因へと変える。重要な御前会議で明治天皇の歌の意味を語り出し、それは降伏の話になっていく。筆を持ち和歌を考えていた彼は、息子に戦争の原因を書いた手紙を書き始める。悪夢の中で米軍の爆撃とナマズのイメージが混ざり合う。政治の話をするマッカーサーに突然ナマズについて語り始める。統治者ならば責任を追及することができる、だが今目の前にいる子供のような男は一体何者なのか。統治者/科学者/歌人/父/夫・・・?

もちろん、彼が自由を獲得する過程には、多くの犠牲者が横たわっている。空襲によって廃墟になった街。人間宣言を録音した録音技師の自殺。米軍の追求は逃れても、逃れられない視線がある。皇后(桃井かおり)が録音技師の死を知ったときの、あのおそろしい眼。ついさっきまで仲むつまじく語り合っていたとは思えない、彼女の厳しい視線は何を意味しているのか。多くの死をもたらした政治の世界から、皇后は彼を連れ出し子供たちのもとへ走り出す。それはまるで、監禁された人が助け出されたかのような光景だ。

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LOFT ロフト
考古学研究者吉岡誠(豊川悦司)は、美しい三人のファム・ファタールによって逃れようのない呪いにかけられている。小説家春名礼子(中谷美紀)、女子大生亜矢(安達祐実)、そしてかつては美しかったと思われる1000年前の女性のミイラ。三人の女性は、1つのイメージを共有している。例えば、吉岡が女性を抱きかかえる、古典的な映画を思わせるショットが何度も反復される。彼はミイラを、亜矢を、そして礼子を抱きかかえる。

映画の前半で、礼子は床にうずくまり泥を吐く。もちろん、泥は沼に浸かっていたミイラと彼女をつなぐ絆を表すだろう。そして床をはうようなしぐさはJホラーにおいて人を呪うものがするしぐさであり、後半に亜矢によって反復されることになる。冒頭、鏡の中の自分に疲労や衰えを見いだす礼子は、美を保つためにミイラになった1000年前の女性の呪いを無意識のうちに助ける役割を担っている。殺されても何度もよみがえる亜矢は、もはや女子大生亜矢なのか1000年前のミイラなのか区別がつかない。そして一見亜矢に呪われているように見える礼子は、亜矢の小説を書き写すことで、実は亜矢のしぐさを反復している。そして彼女は亜矢が指さす運命の場所へと吉岡を導くだろう。三人の女性は、1つの呪いを共有している。

サスペンス映画を思わせるサブプロットが、礼子の位置をわかりにくくしている。殺人者、過去に殺された被害者、美女、美女を救う恋人。西島秀俊、安達祐実、中谷美紀、豊川悦司が演じるこのプロットは、これだけで1つのサスペンス映画が成立するものになっている。ここで中谷美紀が演じているのは命をねらわれる美女であり、豊川悦司とのラブロマンスにも発展する。しかし、これは観客を混乱させる罠である。女子大生亜矢の死など、この映画にとって、呪いが発動するためのささいなきっかけにすぎない。亜矢の恨みや復讐といった、人間的心理もこの映画には関係がない。亜矢の死体はミイラの呪いを代行すべく起き上がるのだから。また、吉岡にとってこのラブロマンスは罠だ。彼は礼子を呪いから解放してくれる救世主のように考えているが、実際には彼女は無意識のうちに彼を破滅へと導いているのだ、あの不気味な桟橋の上へ。

もちろんこうなった原因は彼自身にある。大学に保管しておくべきミイラを、彼は自分の側に置いている。彼はミイラがもたらす悪夢に怯えながらも、同時にこの腐らない死体に惹かれている。彼が亜矢の死体を見つける場面では、彼は死体の美しさに吸い寄せられるように近づいていく。また、土に埋められた亜矢の髪にそっと愛撫するように触れる場面。彼は亜矢を土に還すことを選ばない。彼が愛するのは「沼の女」だから。そして、彼が礼子の姿に引きつけられる、あの異様な美しさを感じる場面。磨りガラス越しに彼女の姿が近づいてきて、彼はガラスに指を当てる。沼の濁った水面に浮かんでいるかのような、中谷美紀の妖しいイメージ。

沼の桟橋にある不気味な滑車。生と死をつなぐ禁断の装置の前で中谷美紀が呆然と立ちつくしている。滑車を上げるレバーが勝手にくるくる回っている。黒沢清の世界では、運命の歯車は一度回り出すと誰も止めることはできない。彼女は無意識のうちにこの歯車を回す役割を果たしていたのだ。それにしてもなんて逃れがたく恐ろしい、しかし美しい呪いだろうか。

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グエムル 漢江の怪物
主人公のパク一家は不器用な人たちだ。売店を営む老父(ピョン・ヒボン)の家に母はいない。長男(ソン・ガンホ)は店先で眠りこけている。次男(パク・ヘイル)は大学を出たもののフリーター。長女(ペ・ドゥナ)は優れたアーチェリーの選手だが、実力はあるのに肝心なところでつまらないミスをしてしまう。怪物との遭遇、そして戦いの中で、彼らはいつもどこか抜けていて、肝心なところでへまをする。

しかし、もっと要領よく生きている人たち、例えば官僚、政治家、軍の上層部は、さらわれた長男の娘を助けてくれはしない。彼らの危機管理の方法とは漢江付近を封鎖し、被害者を保菌者として隔離することであり、怪物にさらわれた人々は死亡者と見なされる。下水道にある、犠牲者の骨が散らばっている不気味な長方形の空間は、社会に見捨てられた人々の墓場だとも言える。例えば、居場所のない幼い兄弟がここにさらわれてくる。長男の娘ヒョンソ(コ・アソン)は、そこにある丸い空洞の中で、ひざをかかえて助けを待っている。しかしヒョンソの家族以外に彼女を助けようとしている人間は一人もいない。

軍の施設で毒薬が下水に流される場面で始まるこの映画で、事件は人災として描かれている。ヒョンソをさらったのは怪物だが、ヒョンソと家族を引き離しているのは政府と米軍のばかげたナンセンスな対応だ。事態を誤って認識し、間違った情報を流し、今度は間違っていたことを隠蔽しようとする。自らの保身を第一に考える彼らが最後にとる手段は、怪物退治のためというより、事件そのものの痕跡を消去するためのものだ。

そんな小賢しい連中の妨害をはねのけて、パク一家はヒョンソの居場所に向かってひたすら愚直に走り続ける。特に長女ナムジュ役のペ・ドゥナがジャージ姿で走り抜けるときの、あの不器用なフォーム。また、さんざん医療関係者にモルモットにされた後にもかかわらず、異様な力をみなぎらせる長男カンドゥ役のソン・ガンホの肉体。特撮チームの作り上げた力感あふれる怪物もすばらしいが、この映画に生々しい迫力を与えているのは不器用な家族たちを体を張って演じている俳優たちの頑張りだ。

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