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Author:fumiya
30代。独身。眼鏡。超短髪。あごひげ少々。映画館に通うのが趣味。コメントやトラックバックはお気軽に。

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Kinetic Vision
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ゲド戦記
家族連れで見に来ることが予想される作品で、父殺しの逸話をいれたことは勇気ある決断だったと思う(ただし、この逸話を宮崎父子の対立といったワイドショー的なネタとからめてプロデューサーが話題にするのはどうかと思うが)のだが、そこまでしたならアレンの家庭環境、つまり彼が心に闇を作り出す過程を、説明セリフではなく絵で見せるべきだろう。抑圧的に見える母親や、世間から高く評価されているが家庭には不在の父親と彼の関係を具体的に描かないと、作品に散りばめられた生と死、闇と光についての深遠なセリフが、抽象的なお説教に聞こえてしまうし、彼の不安定な心の動きに観客がついてこれなくなってしまう。これは、親の虐待を受けた経験があるという設定のテルーにも当てはまる。もちろん虐待の様子を描く必要はないが、心をテーマにしている以上、彼女の心の動きをもっと絵の動きで見せる必要があるはず。アレンの両親が冒頭以降全く描かれないのも不自然で、少年の心の闇に焦点を当てながら、なぜ実家族の描写を避けるのだろうか。

親を傷つけた少年と親に傷つけられた少女を主人公にするというアイデアはいい。この設定はファンタジーの世界と観客の生きている時代をつなぐ役割を果たす。僕たちはこの半年の間に、父から逃れるために家に火を放って逃げた少年や、母親に十分世話を受けられない生活が続いたあげく母親に命を奪われた少女がいることを、新聞紙上で知っている。家庭から離れた少年少女たちを食い物にする罠が都会にあるという設定もいい。アレンとテルーが、ゲドとテナーと共に牧歌的な世界で疑似家族を作るというのも、今までのジブリアニメの世界を連想させる。

ただ、いくら牧歌的な世界だとはいえ、登場人物の動きがいつも一定で、全く躍動感が感じられないのはまずい。「千と千尋」での千尋の労働、「ハウル」でのソフィーの家事が、どれほど生き生きとしていたか、ジブリアニメのファンなら思い出すことができるだろう。派手な戦闘場面を描かなくても、登場人物の日常的な動きがとても楽しいのが、最近のジブリアニメだったはず。それに比べるとゲド戦記の農耕場面は、美術スタッフのがんばりで背景は美しいが、あまりにも動きを欠いている。

メッセージが込められたセリフは、躍動感ある絵の動きとかみ合うことで、初めて意味を持つ。「ハウル」の中でソフィーが言う「弱虫でいい」は、ソフィーが必死で戦闘からハウルを引き戻そうとする行動と城が解体していく場面を伴って、初めて力を持つ。今回のゲドやテルーの言う命についてのセリフにそこまでの力があるだろうか。最後の戦闘場面や城の崩壊場面にそこまでの迫力は感じられない。ラピュタやカリオストロなど、今までのジブリアニメは建物が崩壊する場面を見事に描いてきたはずだ。また、悪が自滅することはあっても、悪を直接退治するという場面もほとんどなかったのではないか。もちろん宮崎駿と同じやり方をする必要はないが、自らが発している命についてのメッセージと、闇が消えてめでたしめでたしという結末が矛盾していないかどうか、宮崎吾朗監督は考えるべきだと思う。

シュナの旅
シュナの旅宮崎 駿

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stars原点はここにあり
starsナウシカのようなワイド版で出してほしいですね。
starsナウシカともののけ姫を合わせた感じです!
stars宮崎さんの原点ですか?
stars感動!

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時をかける少女
選択すること、それは時に残酷な行為にもなりうる。それは何かを切り捨てることを意味するときもあれば、何かを独占したり他人から奪うことを意味することもある。そんな行為を毎日積み重ねながら僕らは生きていて、一度してしまった選択は大抵の場合、もうやり直すことはできない。

心地よさと息苦しさの入り交じった学校という空間、そしてあまり変化のない生活の中にいる高校2年生というのは、大きな選択をする一歩手前で迷っているぐらいの年齢になるのだろうか。主人公真琴の後ろにある黒板には文系理系の文字が書かれ、進路を選択する時期が近づいていることを示している。そして真琴、千昭、功介の三人組の関係にも、変化の時期が近づいているのだが、真琴はまだそれを受け入れることができない。

タイムリープを重ねることで真琴が知るのは、選択することの残酷さ。タイムリープで自分が逃れた災難が別の同級生にふりかかる。その残酷さから逃れようと何度タイムリープでやり直しても、思い通りにことは運ばないし、誰かが傷つくことになってしまう。

その残酷さを引き受けて、真琴は前に駆けだしていく。今回、時をかけるは「駆ける」であって、主人公真琴の躍動感がすばらしい。タイムリープの時の駆け出す勢い、そして到着したときの回転、自転車で坂を駆け下りる速度・・。学校でのゆったりとした時間の流れと、タイムリープのコミカルでテンポのいい反復場面とが、細田監督によって絶妙なバランスで混ぜ合わされている。テーマがセリフで説教のように説明されるのではなく、主人公の喜怒哀楽の激しい表情と伸びやかな動きを通して、体で感じられるという、映画ならではの喜びが、ここにはある。

時をかける少女 絵コンテ 細田守
時をかける少女 絵コンテ 細田守アニメスタイル編集部

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stars草木1本にも意味がある。
starsこれからも細田守監督に期待
stars次世代を担うアニメ監督・細田守、入魂の一作!
stars460ページ超、すごい量だ

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パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト
エリザベス(キーラ・ナイトレイ)がチェストの鍵をめぐって仲間割れして争っている三人に対して「こんな時に大人がなにやってんのよ!」って怒る場面があるが、大の大人が運動会を楽しんでいるようなアクションシーンが、この映画の見所だ。大きなカゴに捉えられたウィル(オーランド・ブルーム)たちが、カゴに入ったまま転がって移動したり、鍵を巡って争う三人が三つどもえのサーベルアクションを見せた後、水車に入って転がっていったり、コミカルなおもしろさのある場面が多い。もちろんコミカルな雰囲気を作っている一番の功労者はジャック・スパロウを演じるジョニー・デップで、表情だけでなく、原住民から逃げるときの走り方も喜劇役者かピエロを思わせる動きだ。

一方、悪役が魅力を発揮する場面がやや少ない気がするが、これは三作目に見せ場があるのだろう。デイヴィ・ジョーンズ(ビル・ナイ)、ベケット卿(トム・ホランダー、プライドと偏見に続いてまたキーラ・ナイトレイに嫌われる役)、それからさらにもう一人加わって、三作目は個性的な悪役たちの競演となりそうだ。代わりに、今作では海の魔物クラーケンが後半暴れ回って観客を楽しませてくれる。

ドラマ部分でやや中だるみするところがあるのだが、三作目への前振りになっているのでしょうがないのかもしれない。三作目を見たいという気分にはさせてくれる。

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starsデッドマンズチェストを観てもう一度。
starsおもしろい!!
stars本場のディズニー・ランドのアトラクションを体験している気分になる。
starsキャプテン・ジャック!

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ゆれる
記憶というのは、思い出すたびに変わっていくのかもしれない。早川猛(オダギリジョー)のいた場所から早川稔(香川照之)と川端智恵子(真木よう子)のいる吊り橋までは距離があり、そんなにはっきりとやりとりが見えるわけではなく、何を言っていたかはほとんど分からない。しかし、裁判が進み、兄と何度も面会を重ねるうちに、彼の中の記憶は遠のくどころかむしろ鮮明になっていく。彼の過去の記憶には、明らかに彼の現在の心理、特に兄に対する屈折した心理が反映されている。

兄と弟、男と女、都市と地方、いくつもの軸を巧みに組み合わせた脚本がすばらしい。智恵子から見た場合、同じ職場で働く真面目で優しい稔との会話は穏やかで落ち着いていて、そして物足りない。彼女が異性として惹かれているのは猛であり、また彼と暮らすことは地方の閉ざされた世界から解き放たれること意味する。この地方で周りの人間から信頼され、頼りにされている稔は、実家のガソリンスタンドを経営し、母亡き後は父の面倒を見て、職場では客とのトラブルを引き受ける。そんな穏やかな彼の中には実は東京で華々しく活躍する弟への隠された負の感情がある。実家を出て東京で有名カメラマンとして活躍する猛は、地方で援実に暮らす兄に対して、いろんな責任を押しつけてきた負い目と、見下した優越感の両方を持っている。智恵子と寝たのは兄に対する優越感を確認するための一時の衝動であって、彼女の面倒を見るつもりなど全くない。

実直な稔が面会室で猛に対する負の感情を爆発させる場面は、見ていて背筋がぞっとするような生々しさがある。猛の中で、真面目で優しい兄のイメージが崩れていき、それと同時に兄から突きつけられた醜い自分のイメージにも耐えられない。おそらく、裁判の過程で猛の中の兄のイメージが変わって行くにつれ、彼が見た吊り橋の記憶も変わっているのだろう。「彼女は兄に突き落とされました」という言葉は、「兄は僕を突き放しました」ということでもあり、「僕は今の兄を堕とすことで昔の兄のイメージを取り戻す」ことでもある。

記憶がいかに危うく揺れ動くものなのか、ということを、この映画は観客に突きつける。7年後に彼がビデオテープで見た子供の頃の場面を、彼は全く覚えていなかった。今は仲違いしている父と楽しく遊び、自分が監獄に堕とした兄に手を引いてもらっている自分の姿。自分や他人の姿を、記憶の中でこんなにもねじ曲げて、僕たちは生きているのだろうか。

ゆれる
ゆれる西川 美和

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starsひさしぶりに面白い小説に出会いました。
starsぞくっとする読後感。

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日本沈没
海猿2ではタンカーが沈み、日本沈没では日本が沈む。災害の規模は日本沈没のほうがけた違いに大きいのだが、映画としての興奮度はどちらが高いだろうか。映画の場合、どんな天変地異でも、観客が感情移入する登場人物の身に差し迫る危険でなければ、観客を刺激することは難しい。逆に言えば、災害の規模自体は小さくても、主人公の身に危険が差し迫れば観客はドキドキしながらスクリーンを食い入るように見つめるはずだ。

日本沈没の場合、柴咲コウが草剛と福田麻由子を間一髪救う冒頭の場面や、避難中に福田麻由子が地面にできた亀裂に転落しそうになる場面があるが、そういう場面があまりにも少ない。その代わり観客が見せられるのは日本全国の被災状況のダイジェストだ。特撮によってリアルに描かれた、自分の住んでいる地域が被災した状況を見るのはそれなりに興味深いのかもしれないが、映画の中のドラマへと観客を引き込む力にはなっていないように思う。あと、噴火や津波などの災害によって多くの人が死ぬ瞬間をあまり見せていない。特撮によって描かれた自然現象とエキストラが写っている場面のつなぎ方が、昔の怪獣映画(怪獣→逃げまどう人々→怪獣→・・・)とほとんど変わっていない。スピルバーグが宇宙戦争で、建物が壊れる場面だけでなく逃げまどう人々が光線に当たって次々に灰になって死んでいくところを間近でリアルに描写したように、この映画でも死んでいく人々を間近で描写する必要があったと思う。災害は寺やビルが壊れること自体が怖いのではなくてそれが多くの死をもたらすことが怖いのだから。

ドラマの中心になる草と柴咲の関係については、まず台本に書かれたセリフがぎこちなく不自然なものが多い。特に女性のセリフに不自然なものが多く、演じている柴咲コウが気の毒だった。演出も男女間の場面になるととたんに不自然になり、セリフを言う間合いがおかしなところが多い。唯一よかったのは、草が任務に向かうためヘリコプターに乗る前に、バイクで駆けつけた柴咲コウと抱き合う場面だが、この場面には主題歌が流れるため幸いなことにセリフがない。セリフが聞こえない状態で二人の演技を見てみると、強い視線で相手を見つめる柴咲コウと相手を受け入れるような優しい草剛の視線のやりとりはとてもよくて、相性の良さが感じられる。もっとまともな脚本で二人のやりとりを見たかった。

日本沈没
日本沈没小松左京 橋本忍 森谷司郎

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starsなにもせんほうがええ・・・
starsすべての日本人よ心して見よ
stars新作公開の前に。
stars大評判の映画でした。
starsパニック大作の古典

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M:i:III
空間と時間は映画にとって欠かせない要素なのだが、この映画はこの二つの要素を見事に処理していて、観客を存分に楽しませてくれる。

敵のアジトやバチカンなど、特殊な場所に潜入するミッションが当然多いのだが、この映画は主人公と敵の位置関係などをきちんと観客に提示して、その空間を立体的に感じさせてくれる。むやみに火薬を使って派手な爆発場面を見せるだけの最近のハリウッド映画と違い、潜入や銃撃戦が緊張感のあるものになっている。また、大きな壁、橋、エレベーターなど、それぞれの空間の特徴を生かした演出を工夫しているところもすばらしい。エレベーターの中で拘束されたハントが三人の見張りを倒す場面など、狭い空間での動きを省略せずにちゃんと観客に見せている。

冒頭の場面から最後まで、時間制限がいろんなところに設定されている。あと何秒、あと何分、というふうにどんな小さな場面でも時間に追われている感覚を観客は持つことになる。だから中だるみと感じられるところがほとんどない。

生身の肉体を感じさせるアクションが多いのもこの映画の特徴といえる。中国ロケの場面で、トム・クルーズが全速力で走るところを横からの移動カメラで捉えるシーンがあるのだが、スクリーン上でここまで必死でしかも速く走る俳優を見ることは彼以外最近ほとんどないので、ちょっと感動してしまった(宇宙戦争でも必死で走っていた)。あと、頭に爆弾を埋め込むという、トラウマになりそうな鈍い痛みを感じさせる場面や電気ショックの場面、橋の上で爆風によって車にたたきつけられる場面など、超人的な活躍をする主人公が生身の肉体を持つ存在であることを、観客に感じさせる。ほとんどスタントマンを使わないトム・クルーズのこだわりが感じられる。

中間管理職的な顔のスケールの小さな悪役が多い中で、この映画で悪役を演じるフィリップ・シーモア・ホフマンは、すごみがあってよかった。飛行機の中で尋問される場面、逆にハントを尋問する場面の迫力は恐ろしい。

トム・クルーズは、どんな映画でもトムであり、そのことが大根役者といった誤解を生みがちなのだが、彼はプロ意識を感じさせるすばらしい俳優だと思う。冒頭の場面や、病院の屋上で不信感を持つ妻と向かい合う場面の、目を潤ませた表情など、彼は苦しい状況に追い込まれているような場面のほうが魅力を発揮する、不思議な俳優だ。

M:i-3 ミッション:インポッシブル3 スペシャル・コレクターズ・エディション
M:i-3 ミッション:インポッシブル3 スペシャル・コレクターズ・エディショントム・クルーズ J.J.エイブラムス ミシェル・モナハン

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stars食わず嫌いだったのね…。
starsちょっと…
stars悪くはないんだけど
starsわかりやすくていい映画だと思います
starsとにかく面白い!

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タイヨウのうた
多くの純愛映画がベストセラーの小説や漫画を原作に持ち、それゆえ映像で原作を再現することが求められ、映画の演出に関して困難を抱え込むことになりがちなのに対して、この映画は、原案があるとはいえ、そのような規制からは自由であり、映画にふさわしい設定や演出を考えることができる。

映画の舞台設定として、海に近く電車が走っている鎌倉の街にある高台の上の家という、映画にふさわしい場所が選ばれている。早朝の光の中、主人公薫(YUI)が窓というフレームを通して、毎朝通りかかる男子高校生孝治(塚本高史)を上から見つめる冒頭の場面がすばらしい。このフレームの中に切り取られるのは、ごく普通の高校生の姿だ。頭をボリボリかき、ベンチに座ってポカリスウェットを飲み、友人たちとふざけあっている。けれど、そんなありふれた姿が、恋するものの眼には愛おしい。

カメラは薫の生活を切り取って示していく。フィルター付きの窓から外を眺める姿、夜中にギターを持って歩く姿、ライブの前にマッチを擦る指、路上に座り込んで歌っている姿・・・。そこに彼女を見守る恋人孝治、友人美咲(通山愛里)、両親(岸谷五朗、麻木久仁子)の視線が加わることで、観客にとって薫は愛おしい存在になっていく。

冒頭の場面が示しているように、上下の視線の交錯がこの映画の中心になっている。踏切で孝治を突き飛ばした薫は、横たわった孝治を上から見つめながら突然告白と自己紹介を始める。孝治が告白する場面では、孝治が立ち薫は座っている。キスする前には、泣いてるの?と孝治が薫の顔をやや上からのぞき込む。家が高台にあるので、必然的に二人の場面は上下の視線のやりとりが多くなる。私の声は聞こえてる?と薫は、階段の下にいる孝治に尋ねる。両親は1階から2階にいる薫をいつも見守り続けている。砂浜では、母親手作りのボディスーツをきた薫が、サーファー姿の孝治を上から見つめる。二人の上下の位置関係は常に入れ替わり、どちらか一方だけが上になることはない。そして・・・家族、友人、恋人、彼女を見守り続けた人たちは、ひまわりに囲まれた彼女の最後の姿をのぞき込むことになる。

空にあがっていく煙を、孝治は見つめる。彼女の残したCDを聞いた美咲は、空を見上げる、まるでそこに彼女がいるように。彼女の歌があちこちで響くようになった鎌倉の街を、彼女を見守り続けた人たちがいる鎌倉の街を、きっと彼女は見守り続けている。

色素性乾皮症(XP)の難病指定を求める請願
http://www.geocities.jp/xp_shomei/

YUI in YUI in "A Song to the Sun" Good-bye days 映画『タイヨウのうた』YUI写真集
YUI

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